「女装サロンラビリンス」の夜は静かだった。イベントの準備が一段落し、璃音はサロンの隅で帳簿を整理していた。悠斗はその様子を眺めながら、そっと声をかけた。

「璃音さん、少し休んだらどうですか?最近ずっと働き詰めでしょ?」

璃音は微笑んで答えた。

「ありがとう。でも、こうして数字を見ていると、みんなが頑張ってくれた成果を感じられるの。疲れなんて吹き飛ぶわ」

悠斗はそんな璃音の姿を見て、胸の奥が温かくなるのを感じた。この「女装サロン」が、璃音にとってどれだけ大切な場所なのかが伝わってくる。しかし、同時に少し寂しさも覚えた。

心のすれ違い

翌日、悠斗はサロンの新規客の対応に追われていた。彼が作り出す穏やかで親しみやすい雰囲気は、「女装サロン」の新しい訪問者にとって安心感を与えるものだった。しかし、ふとした瞬間に、彼は璃音との距離を感じることが多くなっていた。

「璃音さんって、本当にすごい人だよな……」と、悠斗は朱里にこぼした。

朱里は笑いながら答えた。

「何よ、それ。悠斗くん、璃音さんのこと好きなんじゃない?」

その一言に、悠斗は思わず赤面した。

「いや、そんなんじゃない!ただ……何ていうか、もっと近くで力になりたいって思ってるだけで」

朱里は肩をすくめた。

「それ、もう十分好きってことじゃないの?」

悠斗は答えられないまま、視線を逸らした。

璃音の迷い

一方、璃音もまた、自分の中で芽生える感情に戸惑っていた。「女装サロンラビリンス」は、彼女の夢そのものであり、その運営に全てを捧げる覚悟を持っていた。しかし、最近では悠斗のことが頭をよぎる瞬間が増えていた。

彼が新しいお客さんと笑顔で話している姿を見ていると、不思議な安心感と、ほんの少しの嫉妬が入り混じる感覚が湧いてくる。

「私は、サロンを守るためにここにいるんだ。それ以上のことを望んじゃいけない……」璃音はそう自分に言い聞かせていた。

運命の夜

ある夜、サロンの閉店後、璃音は帳簿を抱えて転びそうになったところを悠斗がとっさに支えた。

「大丈夫ですか、璃音さん!」

その瞬間、二人の視線が交わった。璃音は慌てて体勢を整え、距離を取ろうとしたが、悠斗の手がまだ彼女の肩に触れていた。

「璃音さん、ずっと言いたかったんですけど……僕、もっと璃音さんの力になりたいんです。サロンのことも、璃音さん自身のことも」

璃音は驚いた表情を浮かべながら、悠斗の言葉に耳を傾けた。

「サロンのために全力で頑張ってる璃音さんを見てると、本当に尊敬します。でも、無理してるんじゃないかって、心配になることもあって……だから、もっと僕に頼ってほしいんです」

璃音は少しの間黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

「悠斗……ありがとう。あなたがいてくれることが、私にとってどれだけ大きな支えになっているか、言葉じゃ表せないわ。でも……」

「でも?」

「私は『女装サロンラビリンス』を守るためにここにいるの。自分の感情を優先するわけにはいかないのよ」

悠斗は強い目で璃音を見つめた。

「璃音さんの感情も、このサロンの一部じゃないですか。僕がそう思えるのは、璃音さんがこの場所に命を注いでいるからなんです」

璃音はその言葉に胸を打たれ、静かに頷いた。

二人の新しい関係

それから、璃音と悠斗の関係は少しずつ変わっていった。「女装サロンラビリンス」の運営を通じて、彼らはお互いをより深く理解し、支え合う存在となっていった。

サロンの夜が更ける中、二人は並んで座り、静かに語り合うことが増えた。時には新しいアイデアを出し合い、時には未来のことを話した。

そして、ある夜、悠斗がそっと言った。

「璃音さん、これからも僕にサロンの夢を一緒に見させてください。それが僕の願いです」

璃音は微笑みながら答えた。

「私の夢だけじゃなくて、悠斗の夢も教えて。それを一緒に叶えたいわ」

「女装サロンラビリンス」は、ただの女装の場ではなく、そこで働く人々の人生と想いを繋ぐ場所へと進化していった。璃音と悠斗の絆もまた、その中心で輝き続ける。