「ねえ、思い切って女装してみない?私がメイクをしてあげるから」
そんな言葉を掛けられたのが私の女装の趣味の原点。でも、女装ってしたことが無かったから、最初はちょっとだけ不安だった。
でも、いざ女装をしてみると評価は悪くなかった。むしろ高評価。
「あれ、綺麗じゃない?」
「もう、私より綺麗になってない?」
そんな事を周りの女性から言ってもらえた。こんなことを自分で言うのは図々しいかもしれないけれど、自分でも「女性としての私、意外とイケるじゃない?」って思ったくらいだ。女装をしようと思ったことも実は無かったけれど、完全に私はその一件で女装に強く興味を持った。もうこの時点でハマったのかな?
でも、自力ではさすがにメイクは出来ないと思ったので、誰かにメイクをしてもらおうかなって。
そんな私が行き着いたのは女装サロン。東京の田無という町にある女装サロンのラビリンス。でも、楽しい時間って本当に一瞬。顔を洗ってからメイク完了するまで本当にあっという間だった。違う世界に行ったかのような感覚を覚えた。本当に夢の世界!って感じで。
「完成しましたよ」
そんないづみさんの声にワクワクした。
このワクワク感はあれだ。小さい時にサンタにプレゼントをもらった時のようなドキドキ感だ。大人になってからは感じていなかったようなワクワク感。大人になるとどうしてもあの頃のようなワクワク感やドキドキ感を味わう機会が少なくなってしまう。だからこそ、このワクワク感がとても新鮮に感じた。私の心は完全に夢の世界にどっぷりつかっているよう。
「あら、可愛らしい女性だわ」
鏡を見ていて私はそんな事を言ってしまった。その鏡に映るのは他でもなく私自身であるにもかかわらず。
「本当に可愛らしいですよ。女性にしか見えないですもん!いや、他の女性の誰よりも綺麗になったんじゃないかな?」
いづみさんにも褒められた。でも、いつもだったら褒められても心のどこかで「どうせお世辞に違いない」と思っていたはず。でも、今日は違う。本当に心の底から褒めてもらえたような気分になれた。でも、可愛くなれたら欲が出てきた。自分でメイクをしてみたいって思うようになった。
初めて女装をした時にも衝撃を覚えたけれど、改めて本格的に女装をしてみたらもっともっと可愛くなれて、自分ならもっと可愛くなれるかも?とまで考えるようになっている自分がいた。
「こんにちは。あの、カラオケでも一緒に行きませんか?さっきお見かけして綺麗だなあって思ったんですけれど」
ある日女装をして街中を歩いていたらナンパをされた。声を出したいけれど、出せない。声を出したらさすがに男性だと思われてしまうからだ。でも、ナンパをされているということは女性としての自分がイケているという事。自分に自信をもっていいんだよね?私は軽く早足でナンパをしてきた男性を振り払おうとしたけれど、しつこくついてくる。内心嬉しいことだけど、初めての経験でなす術もない。ずっと逃げてみるけれど、男性は追いかけてくる。
「おい、何で逃げるんだよ?金なら俺が出すから一緒に遊ぼうぜ!」
もう、そんなに私と遊びたいの?気付いたら見た目だけでなくて内面まで女性化している私。
もっとスピードを上げて逃げようかと思ったけれど無理だった。何故なら慣れないヒールを履いているからだ。正直歩くのも精いっぱいなくらい。もう、この男の子しつこい!
と叫んだところで目が覚めた。そう、夢だったのだ。でも、そんな夢もまた私の女性心に火をつけた。自力でメイクやオシャレが出来るようになりたいって強く思うようになった。そこからはもっと真面目に勉強をした。どうしたらもっと綺麗に、可愛くなれるだろうって。
そして、本当にあんな感じでナンパされたいなって思うようになった。だってナンパってやっぱり魅力のある女性しかされないだろうし。ナンパされて内心少しくらいは嬉しいのに、いやそうにしている女性がちょっとうらやましく見えたりもするし。
どうせならもっともっと女性になりきろう。そう強く思ったとき、私はある人にラビリンスで出会った。女装子の和子さん。私がラビリンスへ遊びに行ったときにたまたま居合わせた。ちょっぴり謎が多い人だけど、女装姿は綺麗で、完璧に女性にしか見えない。いや、男性モードの私も惚れ惚れしちゃいそうなくらい綺麗な女性である。
「初めまして。和子です~。カズちゃんって呼ばれているからカズちゃんって呼んでねえ!」
「あ、どうも。美奈です。いやあ、お綺麗ですねえ」
「お上手ね!美奈さんもとっても綺麗よ。しっかりと教養のある才色兼備な女性って感じだわ。ねえ、ここで会ったのも何かの縁ですから、お友達になってくださらない?」
和子さんは見た目もさることながら、女性として心から女装を楽しんでいるように感じた。女性としてのルックスでは負けていないと思っていても、女装を楽しむ姿勢みたいなものはまだまだ負けているような気がしてしまった。勝手に私は和子さんをライバル視してしまった。
「和子さん、私、あなたに負けないように女装を頑張ろうって思えました!今日からライバルは和子さんです!」
「いやだわ。私、争いごとを好まないの!平和主義者だから。でも、お互いを高めあえる争い事ならいいのかしら。強力なライバルだけど、私も女装頑張るわ!」
同じ女装子さんに綺麗って言ってもらえて自信もついた。もっと堂々と女装したいって思えるようになった。和子さんに出会って、より一層女装にのめりこんだ。
でも、女装を極め始めてから生活は大きく変わった。好みの女性は『女装した自分』だ。だからこそ、街中の女性を厳しくチェックするようになった。それも女性目線でだ。
男性としても街中の女性を勝手に品評することはあった。でも、『あの子はかわいい』『あの子はちょっとだけイマイチ』みたいなあくまで男性目線で容姿を品評していたが、女性目線で女性のファッションを品評するようになったのだ。まるでファッションデザイナーにでもなったかのごとく。もちろん口には出さない。心の中で思うだけ。
女装したからこそ女性の大変さを知っているから。女性が傷付いてしまうのはあまりにも可哀想だし。
やがて、女装をして女性用の洋服を買いに行くようにもなった私。無意識のうちに可愛らしい洋服をそろえているショップで足を止め、洋服の質感などを触って確かめる私がいた。うーん、これはイマイチ。デザインはいいけど質感が気に入らない。こっちは質感はいいけどデザインが・・・。あ!これは完璧。あらら残念。サイズが無いのね。こうして結局何も買わずに帰ってくることが多い。
そんなこんなを繰り返して、女性が長時間かけて洋服などを選んで、結局何も買わずに帰る現象が納得できた。
男性モードの時はとてもではないが、こんな現象は理解できなかったのに。女装をして外出する時もそう。洋服選びに時間を掛けてしまう。自分が女性になることによって女性の行動が理解できるようになった。次に彼女が出来たら彼女の行動に寛容になれそうだなって思っている。まあ実際どうなるかは分からないけれど。
ある日は女装をして洋服を買いに行ったら店員さんに声をかけられた。「何かお探しですか?」「これなんかお客様にぴったりじゃないですか?」
私は声を出せない。声を出したら男性であることがばれてしまいそうで。もしかしたら店員さんは気付いているのかもしれない。でも、女性の接客をするときと変わらない様子だったので、私は嬉しかった。本当に女性になったような気分になれた。まあ慌てて店を出てしまったのだけれど。
女装にもだいぶ慣れてきたころ、ラビリンスへ女装をしに行った。すると、また和子さんに会うことが出来た。
「あらら、美奈さんじゃない?前よりずいぶん綺麗になったわね!私も負けてられないわ!頑張らなきゃ!あのね、前よりも生き生きしているわよ!前も綺麗だったけれど、今の方が断然綺麗よ!その辺を歩いている女性も美奈さんを見習ってほしいくらいよ!」
「ねえ、和子さんもラビ女に出たらどうですか?お綺麗だから、色んな人に是非見てほしい」
「あたしは嫌よ!こう見えても恥ずかしがり屋なの!でも、私の姿を見て女装に目覚める人が増えてくれたら嬉しいからちょっぴり顔を出してみようかしら?」
「だって私のライバルですから。和子さんにももっと目立ってもらいたいです」
私も和子さんのように女装をしっかり楽しめるようになったのだろうか?言われてみれば撮ってもらう写真の表情も心なしか前よりもいい表情をしているような気がする。自分で言うのもあれだけど。
今までも何かに熱中したことはあったけれど、ここまで熱中したのは記憶にないくらいに女装を楽しめている。女装をしているからこそ、普段も男性に生まれたことに誇りをもって仕事も頑張れている。女性に対する気遣いを前以上にしっかりできるようにもなった気がするし。女性心が前よりも分かるようになってきたのもまた新しい発見で、これからの人生、ますます楽しくなっていきそうな気がする。
今なら恥ずかしげもなく言える。本当に好きな女性は私の女装姿。私の女装姿より綺麗だって思える女性は現れるかな?
そんな事を考えながらも『女装をした私』に出会うために私は女装をする。年齢を重ねてももっともっと綺麗になって、いづみさんとか和子さんを驚かせたいな。ラビリンスで新しいお友達もできるかな?
そして、いつかは街中で男性にナンパもされてみたい。今は草食系男子も多いことだし難しいかもしれないけれど、大きな目標を持った方が燃えるじゃない?それに、もっと女装も楽しめるかもしれないし。女装のお蔭で私の人生は確実に前よりもますます明るいものになってきている。この気持ち、他の誰かにも感じてもらいたいな。