穏やかな午後の日差しが、街並みを柔らかく照らしている。
小野寺優は、胸の高鳴りを押さえながらショッピングモールのエスカレーターを下りていった。鏡のように輝くガラスに映る自分の姿をちらりと確認する。今日は、淡いピンクのワンピースに白いカーディガンを羽織り、黒のパンプスを合わせたコーディネートだ。ストレートのウィッグも完璧。
「うん、今日もいい感じだな。」
独り言をつぶやきながら、優は足を進めた。休日のたびに女装をして街に出かけるのが、彼にとっての楽しみだった。普段の生活では地味な男性として暮らしているが、この時間だけは自分が本当に自分らしくいられる気がする。
今日はまず、お気に入りの雑貨店に向かう予定だ。女性用のアクセサリーや化粧品を見て回るのが好きで、どれも「自分」に似合いそうなものを探す時間が幸せだった。
店内を歩き回っていると、ふと視線を感じた。見上げると、少し離れたところに立つ長身の人物がこちらを見ている。細身のスーツを着こなし、短髪の彼――いや、彼女――は、まるで男性モデルのように整った顔立ちをしている。
「素敵ですね、そのコーディネート。」
彼女が優に向かって言った。声は低めで、優しい響きがあった。
「えっ、あ、ありがとうございます……!」
突然のことに戸惑いながらも、優はぎこちなく笑顔を返した。
「私もファッションが好きで、つい見とれちゃいました。あ、ごめんなさい、驚かせちゃった?」
「いえ、全然……」
その後、軽い会話が続き、彼女は「鷹宮凛」と名乗った。普段は近くのカフェで店長をしているらしい。「今度、よかったら遊びに来てください」と言って、彼女は笑顔を残しながら去っていった。
優は心臓がドキドキするのを感じた。初対面の相手なのに、不思議と強く印象に残る。しかも、自分の「秘密」を見抜かれなかったことにホッとしつつも、同時に何か新しい感情が芽生え始めているような気がして――。
その日の夜、優は自室で昼間の出来事を思い返していた。鏡台の前に座り、ウィッグを外して髪を整える。お気に入りのピンクのワンピースを脱ぎ、クローゼットの奥にそっと仕舞いながら、ふとため息をついた。
「鷹宮凛……」
彼女の名をつぶやいてみる。あの低い声、堂々とした態度、そして自分に向けられた優しい笑顔。思い出すたびに胸が少しだけ熱くなる。
「いやいや、何を考えてるんだ俺は……」
慌てて頭を振り、気持ちを切り替えようとする。だが、心のどこかで、もう一度彼女と話したいという思いが湧いてくるのを止められなかった。
「そういえば……カフェに来てって言ってたよな。」
彼女が言った店の名前をスマートフォンで検索してみる。小さな独立系のカフェで、口コミの評価も高い。インテリアが落ち着いていて、女性客に人気があるらしい。
「行ってみるか……」
翌日、仕事を終えた優は、男装のままそのカフェに向かった。普段の地味なスーツ姿で、ドキドキしながらドアを押す。
「いらっしゃいませ!」
明るい声が店内に響く。振り返ると、そこにはあの鷹宮凛が立っていた。
「あれ、昨日の……!」
「えっ、えっと……」
予想外の再会に、優は言葉を詰まらせる。だが、凛は少しも動じることなく、彼に微笑みかけた。
「ようこそ、来てくれて嬉しいです。」
優はその笑顔に、昨日とはまた違った感情を覚えた。