「女装サロンラビリンス」での生活が始まり、僕はその魅惑的な空間にすっかりのめり込んでいた。葵さんの指導のもと、メイクやスタイリングの技術はもちろん、女装を通じた自己表現の楽しさを知り始めていた。だが、その一方で、彼女の「24時間365日女装」という条件の裏には何か秘密があるのではないか、とも思い始めていた。

新たな挑戦:サロンのお手伝い

「優斗さん、今度はサロンのお手伝いをしてみませんか?」
ある日、葵さんにそう言われた。最初は戸惑ったが、これは彼女に近づくチャンスだと思い、二つ返事で引き受けることにした。

女装サロンラビリンスの一日は思っていた以上に忙しい。メイクの指導をする葵さんを横目に、僕は衣装の準備や接客のサポートをする。お客さんたちの中には初心者も多く、恥ずかしそうにしている人を見ていると、つい数週間前の自分を思い出して親近感が湧いた。

「優斗ちゃん、今日の衣装、すっごく似合ってるわね!」
常連客の中年男性が、くるっと回って僕を褒めてくれる。すっかり「優斗ちゃん」という名前がサロン内の定着名になってしまったのは少し恥ずかしいが、不思議と嫌な気はしない。

「ありがとうございます!」と笑顔で返すと、葵さんがその様子を微笑ましそうに見ていた。

女装の先輩たちとの出会い

女装サロンラビリンスには多種多様な人たちが訪れる。その中でも、僕にとって特に印象的だったのは、常連客の「ユリカさん」だった。彼は、いや、彼女は、週に三回通うヘビーユーザーで、メイクや衣装選びに関してはプロ顔負けの腕前を持っている。

「優斗ちゃん、あんた、意外とセンスあるわね。でも、そのウィッグの選び方はまだまだね!」
バッサリ指摘され、ユリカさんに教えてもらいながら、さらに深く女装の世界に足を踏み入れていった。ユリカさんいわく、女装サロンラビリンスは「ただのサロンじゃない。女装者たちが自分を解放できる聖域」なのだという。

「ここにいるとね、性別の枠なんて関係なくなってくるのよ。優斗ちゃんも、そのうちわかるわ。」
彼女の言葉は印象深かったけれど、まだピンと来なかった。ただ、これまで感じたことのない居心地の良さを、このサロンに感じている自分がいた。

葵さんとの距離感

仕事が終わると、いつも少しだけ葵さんと話す時間がある。サロンの片付けをしながら、何気ない会話を交わすのが僕にとっての癒やしだった。

「優斗さん、本当に楽しそうですね。女装がすっかり板についてきました。」
「ありがとうございます。でも、葵さんがすごく丁寧に教えてくれるおかげですよ。」

彼女の笑顔に心臓がドキッとする。けれど、彼女との間にはまだ「お客様とオーナー」という壁があるような気がしてならなかった。告白したい気持ちはあるものの、彼女の「24時間365日女装」という条件が頭をよぎるたびに、躊躇してしまう。

ラビリンスの夜

ある日のこと、葵さんから「夜のラビリンスを見てみますか?」と誘われた。夜?サロンは普段、昼間しか営業していないはずだ。

「実は夜になると、特別なお客様が訪れるんです。」

その「特別なお客様」というのは、普段の営業時間に来られない忙しい人たちだった。彼らは深夜に女装を楽しむため、こっそりラビリンスを訪れているという。葵さんの気遣いで実現しているこのシステムには、彼女の優しさが詰まっていた。

「ラビリンスは、どんな人でも安心して女装を楽しめる場所でありたいんです。」
葵さんの言葉に胸を打たれた。

その夜、葵さんと一緒にサロンの奥でお茶を飲みながら、僕は少しだけ大胆になった。
「葵さんって、どうしてこんなに女装サロンを大事にしてるんですか?」

彼女はしばらく考えた後、小さく微笑んだ。
「実は、私自身もこのサロンに救われたからなんです。」

葵さんの過去

葵さんは、かつてこのサロンの利用者だったという。そして、ここで自分の新しい可能性に気づき、オーナーとしての道を歩み始めたのだ。彼女の言葉には、深い愛情と責任感が滲んでいた。

「このサロンは、私にとっても大切な家族みたいなものなんです。」
その言葉に、僕の中で何かが弾けた気がした。もっと彼女を知りたい、もっと近づきたい。だが、それには彼女の言う条件――「24時間365日女装」を本気で受け入れなければならない。

迷いの中での気づき

翌日、サロンを訪れる途中で、ふと立ち止まった。自分は本当にその覚悟ができているのだろうか?
「女装を愛せるかどうか」なんて、それまでの僕には考えたこともない問いだった。だけど、女装サロンラビリンスでの日々を通じて、僕は少しずつ変わり始めている。

ユリカさんのアドバイスや、他のお客さんたちの姿を見ていると、彼らの生き生きとした表情が印象に残る。女装を単なる趣味ではなく、自分を解放する方法として楽しむ姿に、僕も刺激を受けた。

次の一歩

そんなある日、葵さんから不意にこう言われた。
「優斗さん、そろそろ私と一緒にイベントに参加してみませんか?」

イベント?聞けば、女装サロンラビリンスでは年に一度、外部イベントに参加しており、そこでサロンの魅力を広める活動をしているという。

「優斗さんも、すごく綺麗になったから自信を持っていいんですよ。」
その言葉に、僕は心を決めた。葵さんともっと深い関係になりたい。そのために、僕自身がもっと女装を愛することから始めなければならない。